故国韓国への働きかけの現場:国籍法改正のための憲法訴願
韓国の国籍法は1998年6月14日の改正で父系血統主義から父母両系主義に変更され、2010年には重国籍が認められるようになりました。韓国内に居住する生得的重国籍者は、法改正以前は男子の場合は第一国民役に編入された18歳になる年の3月まで、女子の場合は満22歳までに国籍選択をしなければなりませんでした。重国籍がみとめられてからは22歳になる前に韓国籍を選択した場合、外国国籍を放棄しないかわりに外国国籍不履行の誓約をとおして重国籍を維持できることになりました。
重国籍が認められたことは韓国内では韓国籍以外の国籍を保有したまま韓国人として生活ができるという便利な面があります。しかしアメリカに居住する、韓国籍と米国籍を併せ持つ人々は近年制度設計上で生じる問題に直面しています。というのも、韓国籍を持つ二重国籍の男子は満18歳になる年の3月31日までに韓国国籍離脱の申請をしない場合は韓国籍者となり、兵役義務が発生し、この時期を逃すと38歳まで韓国籍を離脱できないため、米国内での活動が制約されるからです。また本人とその両親、あるいは家族は一年のうち韓国での在留が182日以内に制限されます。
調査ではアメリカンの韓人社会における韓国国籍法をめぐる問題に取り組むイ・スンウ(Lee Seung-woo)、全鐘俊(Jong-Joon Chun)両弁護士に、故国、韓国に対する国籍法改正の取り組みについてお聞きしました。
ロサンジェルスのK.フリーマン・リー法律事務所
イ・スンウ(Lee Seung-woo)弁護士
写真 : ロサンジェルスのK.フリーマン・リー法律事務所
イ・スンウ弁護士
ロサンジェルスのK.フリーマン・リー法律事務所のイ・スンウ弁護士によると国籍法をめぐる最近の顕著なケースは、米陸軍士官学校入学後に重国籍者であることがわかり、卒業後の補職が制限されたことです。入学前にわかっていれば入学ができないところでしたが、入学後に発覚したため卒業までは在籍したものの、重国籍者は情報・技術に関する知識や能力に関わらず、国家の秘密保持に関わる業務からは遠ざけられています。問題は、韓国国籍法が父母両系主義に移行した直後にアメリカ人の父、韓国人の母の間に誕生した当事者やその両親は韓国籍の保有を知らなかったということです。
これ以外では、重国籍者が韓国で就業する際に韓国内で兵役の義務により兵務庁から兵役通知が来たケース、フル―ブライト奨学金を得て韓国に留学しようとした重国籍者が合格した後に韓国籍を保持していたことがわかり合格が取り消されるケースが報告されています。重国籍が認められる以前は韓国入国時に、出入国管理法上外国人として扱われていたために起きなかった問題ですが、1998年の国籍法改正以降に誕生した子どもが18歳に差し掛かった2016年ころから問題として提起されてはいるものの、解決策が講じられないまま、現在に至っています。
実は合意形成のページで紹介したMITコリアプログラムでも、担当者のマット氏から、よく似たケースがあったことを聞いています。(コンセンサスビルディングの頁参照)
MITのコリアプログラムのケースでは韓国人の両親のもとグァムで誕生した男子学生が、自分が韓国籍であることを知らずにインターンシップで韓国に渡航しようとしたが、アメリカのパスポートでは出入国管理法上問題があることがわかり、韓国に出生届けを提出した上で韓国のパスポートを取得し入国する必要があることがわかり、仮に入国しても兵役に関連する問題が生じるためインターンシップを断念したことがあったとのことです。
イ・スンウ弁護士は、アメリカに居住する当事者が、自国の国籍法制度を深く理解していないこと、手続きが複雑なために国籍離脱を回避していたことが問題を大きくしていると指摘しています。また現在は男子の兵役に関する問題に焦点が当たっていますが、女性重国籍者の場合にも満22歳までに国籍を離脱しないと法律上は国籍選択命令が下されことになっていますが、海外に居住する重国籍者には実際に国籍選択命令が下されることがないため国籍離脱の正式な手続きをしないまま、出生地主義の国で出産することで、生まれた子供は無自覚なまま韓国籍を保有することになり、後々に大きな問題となるであろうことが予想されています。
国籍離脱の条件は家族関係登録簿に当事者が登録されていることですが、すでに起きているケースで、子どもの韓国籍から離脱させるためには、まず母親の国籍離脱の手続きをし、その後に婚姻届、その子の出生届けをする必要があります。これを全て終わらせるには相当の手間と時間を要するため、進学や就職の時期に間に合わないケースが出ています。
LA韓人会では国際法関連のセミナーやロサンジェルス領事を囲んだ会、韓国から来訪する国会議員への直接的な働きかけをとおして国籍法改正に取り組んでおり、イ・スンウ弁護士もその中心的な役割を果たしています。
ワシントンローファーム
全鐘俊(Jong-Joon Chun)弁護士
写真 : ワシントンローファームの全鐘俊弁護士
ワシントンローファームの全鐘俊弁護士は、これらの問題にいち早く気づき韓国の憲法裁判所に憲法訴願するなど、アメリカから韓国政府へ強く働きかけています。というのも全鐘俊弁護士のご子息が国籍法の関係で母国留学に支障があったからです。(全鐘俊弁護士)
全鐘俊弁護士は、アメリカに居住しながら子どもが18歳になる年の3月30日までに国籍離脱手続きをするには、事前に相当の書類の準備、手続きの熟知の必要があるといいます。 アメリカ国内には韓国大使館に合わせ総領事館が13カ所あります。しかしながら日本国内に大使館と9カ所の総領事館があることを考えると、国土と韓人の規模からその数は多いとは言えません。アメリカ中部に居住する韓人が国籍離脱の手続きのために空路でシカゴまで行かなければならず、複雑な手続きのためには数次にわたり足を運ぶ必要があるとなると、経済的・時間的・精神的負担は相当なものであり、実際には不可能です。
これらの人々の韓国籍離脱のチャンスは、韓国で兵役義務を終えない限り満37歳まで待たなくてはなりません。アメリカ人として生きていくには不利なことがしばしば生じると全鐘俊弁護士は指摘しています。
例えばアメリカでは陸海空軍士官学校にいくと身元照会をされます。その中には二重国籍であるか、過去に他の国籍を持ったことがあるかという質問項目があります。この質問が韓人重国籍者の足枷になるわけです。
全鐘俊弁護士は韓国の国籍法が父母両系主義になって以降、こうした問題を抱える韓人を救済するために、韓国に数次にわたり憲法訴願をしてきました。しかしながら、憲法裁判所では、公職というのはごく限られた人々が対象であり、国籍法は合憲という判断でした。しかし実際にアメリカ国内での公職とは士官学校から軍人、警察、学校の先生、連邦・州政府の公務員から国会議員、大統領に至る多様なものです。アメリカでは前回の大統領選挙に出馬したテッドクルーズがカナダ国籍との重国籍者であることが大きく取り上げられ、カナダ国籍を放棄しましたが、もし次回、大統領選に出馬したら過去に重国籍だった、純粋なアメリカ人ではないということが問題となるだろうと予想されます。
制度上の問題とは、例えば日本の国籍法の場合は国籍留保制があるので期間内に届出をしなければ日本国籍は留保されないため二重国籍者となりません。しかし、韓国の国籍法では留保制度がないために、届出をしなくても両親の一方が韓国籍者であれば届出をしなくとも誕生と同時に韓国籍を保有するという違いがあります。全鐘俊弁護士の指摘は韓国に届出をせずに重国籍となったものは家族関係登録簿に登録したのちでしか国籍離脱の手続きができないことについてであり、本人が無自覚であることです。現在この点を掲げて現在第5次憲法訴願中です。
この訴願では父がアメリカ人、母が韓国人の間に生まれた、名前(姓)も見た目もアメリカ人の青年です。アメリカで生まれ育ち、アメリカ人として生き、韓国には居住した経験がないにも関わらず、いったんは韓国国籍を取得しそこから離脱しなければならないという手続きを必要とする韓国国籍法には構造上の問題を指摘しています。かつての父系血統主義は、これもアメリカ人の父の場合はアメリカ国籍となるが、アメリカ人の母の場合は子どもが韓国籍となり男女平等の観点から憲法違反でした。しかしながらこれを是正した父母両系主義もまた、今回のケースのように重国籍者にとっては足枷となるアイロニーが起きているわけです。
この問題を深刻にしているのはこの制度が韓国内で遠征出産によって重国籍を利用して兵役回避をすることを抑制するための制度であり、韓国国民の合意を得ているために韓国内での改正の提起がなされる見込みはないと思われます。しかしながら国籍留保制度を付設することで大部分の国際結婚カップルから誕生した子は重国籍を望まない場合、届出をしないことでその意思表示が可能となり、多くの重国籍者は救われます。韓国では2017年11月末に長らく空席であった憲法裁判所所長が任命されました。文政権に代わり韓国社会の空気が変わると、憲法訴願の判断も風向きが変わることも期待されます。全鐘俊弁護士の第5次訴願の判断にもより広い視角からこれまでとは異なる判断が下されるかもしれません。