韓国籍者・韓国系の人々の移民略史
写真 : 大韓帝国期のパスポート
韓国以外の国家に居住する韓国籍者や韓国系の人々(以下韓人と表記)の歴史は19世紀末の飢饉を原因とした中国、ロシア国境への自発的な移民に始まりました。
以降、政府主導のハワイ・メキシコへの農業労働移民、韓国併合以降は労働者や徴用を目的とした満州、日本、旧ソ連地域への移住へと続きました。
1960年以降はドイツとの政府間協定による鉱夫、看護師の派遣や、中東地域でインフラ整備に従事する労働者の移住、欧米地域への留学など基本的には帰国を目的とした移住も一定水準で維持されました。これに加え1965年の米国移民法改正によってベトナム戦争の同盟国として相当数の移民の受容が生じたことで、韓国での政治経済的な理由から富裕層が米国へ移民しました。1960年代に渡米した韓人の米国在留はすでに長期化しており、米国内での法的地位の確保や向上が進む一方で高齢化も進んでいます。
調査からは韓国人が支え合う高齢者福祉の現場、米国内での権益向上の現場、米国内での韓国の広報的な活動をとおしてアメリカに居住する韓人が、米韓双方でその存在感を増していく姿が観察されました。詳細は各項目をご覧ください。
写真 : ハワイ移民の生活:韓国移民歴史博物館の展示
MIT、MISTIの活動
マサチュセッツ工科大学
ファカルティディレクター チョン・ジョンフン(Jung-Hoon Chun)教授
マネージングディレクター マット・バート(Matt Burt)氏
写真 : マサチュセッツ工科大学 ファカルティディレクター
チョン・ジョンフン(Jung-Hoon Chun)教授
大学独自で韓国との関係を築く動きもあります。
マサチュセッツ工科大学(以下MIT)のMISTI(MIT International Science and Technology Initiatives)注1 は30年来、世界各国の企業でインターンシップをおこなうプログラムを運営していますが2012年にコリアプログラムが新設されました。コリアプログラムのファカルティディレターであるチョン・ジョンフン(Jung-Hoon Chun)教授とマネージングディレクターであるマット・バート(Matt Burt)氏にお話を聞きました。
それによりますと、MITには韓国から直接来る学部留学生は少ないが、韓国系1.5世や2世の学生は増加しており、学内にはKSA(Korean Students Association)の名で交流活動をしているそうです。
MISTIのコリアプログラムではインターンシップの派遣とMITの学生が直接に韓国の学校に赴き自分の専攻を教えるグローバルティーチングラボの活動をしています。
チョン教授がプログラムの策定やファンドレイジング計画を立て、マット氏と二人でインターンシップのホスト機関を見つけ、そこに適合する学生を選考して派遣する活動を行っています。派遣先はサムソン、現代自動車、SKなどの大企業から中小企業、学校、国立の研究所とインターン先は様々です。まだ始まったばかりですのでホスト企業の開拓と財源調達については韓国のMIT出身者の人脈に頼ることが多いですが、ホスト企業はMITの学生の受け入れには積極的で、企業によってはインターンシップのプログラムを設置し、財源支援してくれることもあるそうです。
MISTIによるインターンシップの特徴は派遣前に派遣国の言語を高いレベルで習得する必要があることです。コリアプログラムの場合はMITに韓国語を学べるコースがなかったことから、当初は韓国系の1.5世や2世が派遣する形から出発しました。5年経った現在では韓国語の講座を寄付によって開設し、韓国系ではない学生が韓国へインターンシップとして派遣されています。選抜の意図としては語学力に加え、その学生が韓国に行くことが海外経験になるのかどうかということに重点をおいており、具体的には韓国で高校に通った経験のある学生は対象から除外しています。
写真 : マサチュセッツ工科大学マネージングディレクター
マット・バート(Matt Burt)氏
ただ、企業が学生の意向に合わないケースも出ています。企業のインターンシップに対する考え方は様々であり、インターンシップを長期的なビジョンで捉えさまざまな問題点を交渉次第で是正しインターンシップ終了後に学生その企業に就職したケースもあれば、ある企業では短期的な結果を望むあまり、具体的な就職の見込みがない場合は、インターンシップの意義を理解せずに、学生に業務を任せられないと雑用をさせるケースもあるとのことです。
一方、グローバルティーチングラボの活動は、MITの学生が教えることをとおして自分の持つ関心や知識を深めることを目的にしています。
MITには教育学科がなく教育学教育を受けていません。この事業を担当するマット氏はこれを逆にMITの強みと捉え、枠にはまらないMIT式の教育を分かちあえる機会と考えています。
毎年1月に韓国の韓国外国人学校注2 、脱北者の通う予備学校、板門店のある 軍事境界線(38度線)を隔てて北朝鮮と接する最前線である坡州の技術学校、釜山地域の養護施設の4カ所で行われています。韓国の事情をよく知るチョン教授、マット氏の考えで外国人学校を除いては、あえて低所得や保護者の不在で課外授業の機会を制限された支援が必要な階層の子供たちを対象に選んでおり、注3 派遣の費用もMIT側が調達しています。
(注1) MISTIには日本へのインターンシップ派遣プログラムであるジャパンプログラムもあり、毎年30名前後の学生がMITから日本の企業や研究機関に派遣されているが、ジャパンプログラムは2017年に35周年を迎え、財政面でも強い基盤を持つ。MISTIの各国へのインターンシップのプログラムはそれぞれの国の専属の担当者が担当国のホストオーガニゼーションと派遣に係る費用の支援を受けるための財源を開拓しなくてはならない。
(注2) 韓国の外国人学校は外国人だけでなく海外に長く居住した韓国人生徒が通っている。
(注3) 韓国ではこれを疎外階層と呼んでいる。疎外階層とは社会的なマイノリティや経済的・身体的な条件で相対的に社会参与や文化芸術に触れる機会が制限されたり、国家の公共的な支援がない限り社会の構成員としての平等の恵沢を受けたりできない階層を指している
コリアタウンと韓国人コミュニティ
各地コリアタウン
写真 : ニューヨークコリアタウン入口の朴正煕・李承晩両大統領の写真
写真 : 竹島(韓国では独島)
アメリカには韓国大使館に加え韓国総領事館が13カ所にあります。また別途に韓人会も設けられており、韓国の在外公館と連携して母国での在外韓人の権益伸長を働き替える一方で、米国内ではDACA廃止反対運動や韓米FTA再交渉の働きかけ、次世代韓人の政治力の伸長を目指して活動しています。ロサンジェルス韓人会では竹島(韓国では独島)や慰安婦をめぐるアメリカ人や韓人向けのセミナーも広く開催されており、韓人コミュニティの民族性を強調した結束の強さがうかがえます。2017年にはロードアイランド、ニューハンプシャーに新たに韓人会が発足し、この年の末にはロサンジェルス、ニューヨーク、シカゴの韓人会を主軸に全米韓人総会の協議会の発足が準備されており、韓米両国での韓人会をとおした影響力が拡大を図っていく予定です。
写真 : ボストンコリアンタウン
ただし、ニューヨークやロサンジェルスの大部分の韓人はスモールビジネスであるため社会とのインタラクションが少なく、おのずとアクセスしやすい民族系の教会コミュニティに参与しがちであるのに対し、韓人コミュニティ以外に学校や会社等のコミュニティに従属できる層が多く住むようなボストン地域では、2015年に韓人会活動を休止しており、韓人コミュニティ活動がそれほどが意味を持たない場合もあるようです。ボストンのコリアタウンも韓人系の法律事務所や飲食店、新聞社があるものの他地域のコリアタウンにくらべて小規模です。コミュニティや韓人の活動を考える上で、アメリカへの適応の格差との関係も視野に入れる必要があることが示唆されます。
写真 : グレンデール市の少女像
さて、韓人コミュニティ活動の一環で韓人集住地域付近にはその地域に関連の深い歴史上の人物の像や、近年では少女像が設置されています。少女像の設置場所はすでに6カ所に及んでいます。
ニューヨークのコリアタウンの入口には朴正煕・李承晩両大統領の写真が掲げられています。また、ニューヨークの韓人会では韓人の移民史博物館MOKAH(Museum of Korean American Heritage)の準備中であり、移民初期かの歴史、戦争、独立運動、韓国文化の展示が予定されていますが、ここにもアメリカで五カ所目の少女像が設置されました。当初、少女像の設置は慰安婦被害者の名誉と人権回復を目的としていましたが、これらは徐々に性犯罪の告発や戦争犯罪に対する普遍的な価値へと読み替えられつつあります。
写真 : アンチャンホの像
カリフォルニア州リバーサイド市には安昌浩の像が、フィラデルフィアには徐載弼記念館が建てられています。また、60年代に移住した韓人コミュニティを中心に白凡金九先生記念事業協会、安重根義士崇慕会などの活動も展開されています。
写真 : 記念事業協会理事長