はじめに
この研究は韓国に在留した経験のある韓国とは全く縁故関係のない外国人が、母国に帰国した後に韓国での経験や韓国社会とのつながりをどのように資源化し生活設計に活用しているのかに注目するものです。
この研究では韓国以外の国籍だけを持つ人々を外国人と考えています。図1は1998年以降の在留外国人数と不法在留者数の推移ですがその数は弛むことなく増加していることがわかります。2018年12月末現在、外国人は2,367,607名います。韓国の人口が2018年末に約5千万だとすると、外国人の比率は単純計算で4.7%になります。

外国人の在留資格の内訳は図2のようにその比率を表すことができます。特徴的なのは韓国では外国籍者の約半数は韓国にルーツを持つ在外同胞と呼ばれる人々に占められていることです。また結婚移民者など韓国人の家族が一定の割合を占めているのも特徴です。結婚移民者は、かつては中国で朝鮮族と呼ばれる韓国系中国人が大半でしたが、2000年頃からはフィリピン、ベトナム、カンボジアなど韓国にルーツを持たない東南アジアから結婚を目的に渡航してきた人々が増加してきます。同様に、移住労働者と呼ばれる海外からの出稼ぎ外国人が急増しました。この出稼ぎ外国人も韓国系の人と韓国とは全く縁故関係のない人々では韓国内での法的な処遇が異なるのもまた韓国の外国人への対応の特徴といえます。

ここでは1990年頃の外国人の渡航が急増しはじめた時期からの外国人の生活をめぐる法制度と彼らの生活に関係する出来事を概観することで、彼らが韓国でどのような経験をしたのかを見てみることにします。尚、在外同胞と呼ばれる韓国系外国籍者や海外に居住する韓国人や韓国系の人々については「韓国における新たな社会統合についての研究」のサイトをご参照ください。
韓国における外国人の現況
ソウルオリンピックや景気高騰、東西冷戦の終焉による東側諸国との国交正常化に基づく1990年代以降の韓国における在留外国人の急増は、韓国人にとって観光客や駐在など一時的な在留でない外国人と接する機会の増加でもありました。それまでも国内に在留外国人は住んでいましたが、その大半は在韓米軍と華僑で、その人口比率も0.1%に過ぎませんでした。そのため、大部分の韓国人にとって外国人は身近な存在ではありませんでした。このころは長期在留外国人の法的地位を規定していたのは出入国管理法(http://www.law.go.kr/)だけで、出入国管理法は外国人の在留を韓国社会に負荷を与えず数年で帰国する人々との前提に基づき構成されていました。
外国人労働者をめぐる法律の変遷
1 外国人勤労者の雇用などに関する法律
韓国では2004年に外国人勤労者の雇用などに関する法律(http://www.law.go.kr/)が制定されました。この法律は韓国では雇用許可制、あるいはEPSと略されて呼ばれています。
EPSは外国人労働者を韓国人労働者と同等の労働者として受け入れる政府間協定です。2010年には国際労働機構総会でアジアの先導的移住管理システムとして評価され、2011年には国連から公共行政大賞を受賞した国際的にも高い評価を得ています。2004年の制度開始時はベトナム、フィリピン、タイ、モンゴル、インドネシア、スリランカの6カ国、2007年に中国、ウズベキスタン、パキスタン、カンボジア、ネパールが加わり、さらに 2008年にミャンマー、キルギス、東ティモール、2年前からはラオスが加わり、現在では16か国と政府間協定が結ばれており、約22万名がこの制度を利用して韓国ではたらいています。2019年に新たに受け入れられた国家別統計では5万1365名の人々が各国から韓国へ渡り、働いています。内訳は図3のとおりです。

EPSは募集する業種と各業種への就業者数を定めて協定を結んだ国からの労働者を受け入れるシステムです。近年は毎年5万5千名程度の募集がなされています。新規にEPS労働者となるための条件は満18歳から満39歳までの犯罪経歴や韓国へ出入国に欠格事由のない者と定められています。EPS-TOPIKと呼ばれる韓国語能力試験、面接、技能試験のポイントにより求職登録し、マッチングを経て事業所が決まれば韓国へ渡航します。一度の渡航で4年10か月働けます。3か月間帰国した後二度の渡航で9年8か月間の就労が可能です。
募集する業種は労働力不足が顕著な製造業、建設業、サービス業、農畜産業、漁業と定められています。例えば製造業の場合、労働者が常に300名に満たない、あるいは資本金が80億ウォン(日本円で8億円弱相当)と定められています。
EPSの規定の特徴は外国人労働者の雇用に特化した保険システムを整えていることです。事業主に義務付けられているのは雇用保険だけですが、それ以外に労働者が出国するために必要なお金を月々積み立てる帰国費用保険、国民年金、健康保険、労災保険と、万一の賃金不払いの場合に備えて賃金滞払保障保険への加入が求められます。後者は義務ではありませんが、気に入った外国人労働者を確保するためには重要な要件となっています。また、労働者へも帰国費用保険、傷害保険に加入が勧められています。
EPS労働者の韓国側の窓口となっている韓国産業人力公団では試験的に帰還後の労働者のネットワークを構築し、再渡航や帰還したのちの就労に役立てる試みを始めました。韓国産業人力公団の各国出先機関であるEPSセンターでも帰還労働者の帰還国での韓国系事業所への就労斡旋の取り組みも開始しています。
現在では国際的にも評価を受けている韓国の外国人労働者の制度ですが、こうなるまでには紆余曲折がありました。ここで少しEPSが施行されるまでの経緯を簡単にご説明しましょう。
2 海外投資業者研修生制度

韓国で最初の外国人労働者の受け入れは1991年11月の海外投資業者研修生制度の新設に始まりました。この制度は海外進出した韓国企業が進出先の国家での生産効率向上を目的に韓国内の母体となる事業所で進出先の国の人々を技術研修の名目で受け入れる制度でした。しかし実際には90年代前半の好景気で賃金が高騰し人手不足となった韓国内の企業による変法的な外国人労働者受け入れの手段となってしまいました。
図4は制度の担当機関の変化を表したものです。海外に進出した企業の母体事業所が受け入れ先として想定されており、韓国内の各事業所に直接に外国人を送り込むシステムであり、完全な民間機関に送出国の手続きの裁量をゆだねられていました。また受け入れ側も制度が整わないまま外国人の管理をはじめ労働環境や条件が各事業所に委ねていました。事業主の多くは外国人の在留に慣れない中小企業であり、正当な在留の手続きはおろか雇用契約も為されないまま外国人が働くという事態が起き、外国不法在留者が急増したのにもかかわらず人手不足の緩和にはつながりませんでした。
3 外国人産業技術研修生制度
1997年の民主化と1988年のオリンピックは韓国のイメージを刷新しました。オリンピック直後の韓国はインバウンドの急増、輸出型経済による好景気などまさに順風満帆でした。それまで国交のなかった東側諸国へも門戸を開放しました。特に1992年の韓中国交正常化は、長らく故国韓国への渡航の途が閉ざされていた中国の韓国系同胞の往来も可能になりました。
出入国管理法が改正される前は、韓国に居住する親族の招請状があれば韓国に入国することができました。それまで韓国に訪れる機会の少なかった東南アジアや南アジアからの来訪者も観光ビザで入国した後にアライバルビザと呼ばれる90日間在留可能な在留資格に切り替えることができ、韓国内で働き口が決まると就労の在留資格を得ることができました。このアライバルビザは間もなく廃止されましたが、このシステムが何らかのチャンスを求めて目的を果たすまで在留する外国人の急増、すなわち不法在留者の増加のきっかけになったともいえます。
海外投資業者研修生制度や急増する外国人への対応策として、1993年には出入国管理法が改正されました。「外国人産業技術研修査証発給に関する業務指針」(法務部訓令1993年第255号)が整い、外国人産業技術研修生という在留資格が新設されました。これが外国人産業技術研修生制度と呼ばれているものです。
外国人産業研修生制度は中小企業の労働力不足の緩和と出入国管理体制の強化による不法在留者の抑制、開発途上国に対する研修生制度をとおした技術移転を目的としていました。これまでの民間企業による送り出しから、韓国の中小企業協同中央会が書類審査によって各国に22か所に選定された労働力送出会社による送り出しシステムに変更されました。しかし労働力送出会社に労働者の募集から渡航、事業所への配置、賃金の受給に至るまですべてが任されたため、ブローカーによる過剰な渡航斡旋料の問題や紹介された韓国内での事業所の劣悪な環境、人権に悖る暴力行為やなどの問題が次々に発生しました。
4 外国人による抗議行動と制度整備
韓国の外国人労働者の問題とその解決の過程を考える時に大変に特徴的なことは、労働者当事者が自ら抗議行動を起こしていること、また外国人労働者を支援する韓国の市民団体の活動が活発であるということです。
韓国で外国人労働者の問題が公になったのは1995年1月に家具工場で外国人女性研修生が工場幹部から暴行を受けたことをきっかけに明洞聖堂での集団籠城事件でした。外国人が自らの劣悪な処遇に抗議するというショッキングな事件はメディアでも大きく報道されました。まずはこの事件で外国人避難所や労働相談所が設立され突発的な事態への保護や外国人の労働条件や最低賃金も韓国人と同等とするなど労働者としての整備も進みました。しかしこれらは通商産業部(日本の経産省)や企業団体からの反発が大きく行政指針にとどまりました。
民間団体の後押しで不法在留者の労災認定や退職金の支給など外国人労働者の労働環境をめぐる裁判も起こされました。こうした裁判の影響は、外国人を研修生ではなく労働者と看做す風潮を生み出しました。これらがEPS制定のための議論のきっかけにもなりましたが、運の悪いことに韓国では1998年に金融危機が起き、財閥企業の倒産はじめ多くの韓国人の失業者を出してしまいました。

韓国の景気動向はGDPの持ち直しと基礎生活保障受給者数の安定から落ち着きを見せたように見えますが、実はこれには統計上の問題を秘めています。第一にGDPは上昇ており、韓国は2001年の夏には195億ドルを全額返済し事実上は金融危機から脱却しています。しかし実際は企業収入が増加しただけでむしろ中低位の所得者は増加しています。さらに基礎生活保障受給者数も制度設計上全国民の3%水準に固定されているために、韓国人ですら300~400万名程度が福祉の空白地帯にいる状態でした。
こうした景気の低迷は外国人労働者へそのまま影響を及ぼしました。現地で行った調査では、この時期に無給のまま働いたという外国人労働者が何人もいました。興味深いのはそれが労働力の搾取のような意味ではなく、事業所のオーナーも大変、韓国も大変、だから自分も何か協力して一緒に頑張ろうというようなメンタリティからくるものでした。
図1の1998年から2002年のグラフの傾きを見ても分かると思いますが、この頃韓国に住んでいた外国人半数は不法在留者という状態でした。韓国出入国管理政策では金融危機が起きた時にたとえ不法在留でも自主退去した外国人には次の渡航の際にサンクションを与えないという条件で外国人に自主退去を促しました。一時的に外国人数は減少しましたが、事業主の立場からは不景気にもかかわらず最低賃金を保障しなくてはならない韓国人より、賃金が低くても引き続き働いてくれる外国人を雇用するケースが増加したためです。
こうして不法在留でも韓国内で働くことができる機会を得た外国人労働者でしたが、2002年のワールドカップ日韓共同開催で転機を迎えます。外国人の約半数が不法在留者であるという統計は韓国の治安の悪さの象徴として解釈され、国際サッカー連盟からワールドカップ開催直前の5月末までに改善しない場合はワールドカップの開催を見合わせる旨の通達を受けたのです。そこで出入国管理政策として行ったのが不法在留者に対し、出国準備期間の名目で良く月までの在留を猶予する措置でした。[出入国管理局公告第 2002 - 70号]しかし猶予期間が近づき、外国人が皆帰国してしまうと中小企業に及ぼす労働力不足が危ぶまれました。EPSが国会で採決されたのはこうした事情が重なったことが背景にあります。EPSの施行によって在留期間が3年未満の外国人には特例として最長2年の就業が認められました。
しかしEPSによって4年以上の在留者や不法在留者はそのような特例は適用されませんでした。行き場を失った不法在留者は摘発を恐れて聖公会教会内に設けられたシェルターに身を隠すもの、明洞聖堂で韓国の市民団体や民主労総の協力を受けて退去処分中止と不法在留者への正規の在留資格を求め、380日間にわたる籠城が展開されました。また、2005年には不法在留外国人が半数以上創設メンバーとなる移住労組の設立をめぐって10年にわたる労働組合認可をめぐる闘いが始まりました。2015年に韓国の最高裁判所で移住労組設立を認める判断が下されましたが、それ以降もEPSの労働条件の向上をめぐり現在も戦い続けています。
韓国の外国人法制について詳しくお知りになりたい場合は以下をご参考ください。
論文
- 「韓国の社会統合政策と国籍法」『アジア法研究』 (11) 53 – 72 2018年
- 「血統と血脈の相剋‐植民地朝鮮における司法判断の諸相
- 『アジア文化研究所研究年報』 (52) 70 – 90 2018年
- 「韓国における出入国管理法関連法令の改正と移住外国人の在留資格:中国・CIS同胞と結婚移民者を中心に
- 『アジア文化研究所研究年報』 (50) 104 – 125 2016年
- 「国境を越えた人々と法‐韓国政府の新たな統合戦略
- 『韓国朝鮮の文化と社会』 (14) 33 – 84 2015年
報告書
- 「アジア地域移住労働者関連法制分析‐韓国法制研究院とアジア文化研究所交流活動」
- 「アジア文化研究所研究年報 」(51) 407 – 420 2017年
- 「韓国の外国人労働者関連法調査:知識・ファクト・死角地帯・共感帯のバランスとワールドワイドな制度の波及効果
- 『アジア文化研究所研究年報』 (51) 400 - 406 2017年
- 「東洋大学アジア文化研究所法制実務研修」『アジア文化研究所研究年報』(50) 313 - 322 2016年
- 「韓国多文化家族関連法調査」『アジア文化研究所研究年報』 (50) 323 - 328 2016年
資料集
- 『韓国移民関連法令集』東洋大学アジア文化研究所 2014
